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矢田博士:「魏における五言詩の流行と西晋における四言詩の盛行について」
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綿谷直之・清水健史:「史実と民間伝承からみる三国志遺跡」
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【研究発表及び講演会概要】 1. 魏における五言詩の流行と西晋における四言詩の盛行について 本研究の目的は、詩歌の流行をその時代の政治体制から分析するという点にある。従来の詩歌研究は思想面や文化面を主な切り口として行なわれてきたが、今回の発表はそれらとは異なる切り口を提供せんとするものである。質疑応答では従来の詩歌研究の切り口とは大きく異なる点に批判が及んでいたが、むしろそれこそが本発表の目的である。 さて、今回の発表はこれまで積み重ねてきた研究論文を踏まえての発表であった。主な論点は以下の通り。
○漢代は儒教が尊ばれた為、「詩経」で重要視された四言詩が詠われてきた。 ○五言詩は通俗的な詩形であり、儒者からは「奢侈だ」として敬遠された。 ○曹操らは覇権確立の為、儒教のアンチテーゼとして五言詩を奨励し、自身も詠った。 ○五言詩の流行には曹操の妻で倡家出身の卞夫人の影響もあったと省察される。 ○司馬懿らは知識人層を取り込む為、儒者の尊ぶ四言詩を奨励した。
要は曹操が儒家に対抗する価値基準を設定するために五言詩を奨励したという主張になる。ただ個人的に気になったのが、儒教に対抗する価値基準として真っ先に浮かぶのは道教であって、事実、曹魏の時代は道教が草の根的に流行をしていたはずである。詩歌の流行は斯様な時代精神にも左右されるはずであり、となれば五言詩の流行と道教との関連性も気になる点である。そこで、私は僭越ながら矢田先生に質問をさせていただいた。矢田先生の見解によると、五言詩で確かに神仙に関連する詩が詠まれるケースは散見されるが、明確な関連性までは分からないとのことであった。 政治と宗教(思想)は好もうと好まざるとに係わらず、お互いに関連しあって存在している。今後は政治体制だけでなく、当時の思想の流行も絡めた研究を期待したいところである。
2. 史実と民間伝承からみる三国志遺跡 本発表は純粋な学術的な発表ではなく、普通の三国志愛好家が運営する管理人を招待しての発表である。記念すべき第1回目は「三劉」というサイトの管理人が研究発表を行なうことになり、これまで中国本土へ足繁く通った長年の体験発表を行なっていた(左図参照)。今回の発表は自らの足で情報を得るという点に於いて他の追随を許さない独自性ある発表であった。三国志ファンの底力を感じると共に、今回の発表を快諾した「三劉」の管理人に敬服する。 だが一方で懸念がある。幾千もの三国志サイトがネット界隈に存在するが、果たして三国志学会という場での発表に耐えうるコンテンツを持ったサイトはどれほど存在するのか。そしてまた、優良コンテンツを持っている管理人が全て学会発表を快諾するとは思えない。かといって、敷居を低くしすぎると専門家の足が遠のき、一般の三国志愛好家との接点を失いかねない。この辺りの微妙な舵取りをどのように行なっていくのか、第4回の大会プログラムに注目したい。
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